「会社を売れば、この苦しい資金繰りから抜け出せる」
資金繰りに追われるなかで、そう考えたことがある社長は多いでしょう。
2026年9月、譲渡価格が1,000万円以下、なかには100万円や30万円といった金額で会社が売買される「スモールM&A」の落とし穴を指摘する記事が配信されました。
M&Aの仲介業には不動産業のような免許制度がなく、業者が急増しているというのがその中身です。
国もこの状況を問題視していて、M&A仲介の担当者向けに資格試験を設ける動きが始まっています。
ただ、私たちが見てきた限り、会社の売却でつまずく原因は業者の質だけではありません。
資金繰りに困っている社長ほど、目の前に現れた「甘い話」に飛びついてしまう。
そして、値が付かない本当の理由に気づかないまま、買い叩かれていくんです。
売却の話を進める前に、何を確かめておくべきか。
順にお伝えします。
M&A仲介に資格試験ができる理由
まず、いま何が起きているのかから確認します。
現時点でM&A仲介業には、不動産業のような公的な免許制度が存在しません。専門知識や実務経験が乏しくとも、極端な言い方をすれば、ウェブサイトを開設したその日から活動を始めることも可能です。設立年代別のデータによると、2020年代に設立された業者は、2000年代に比べて6倍以上にまで増加しています。
— 2026年9月、スモールM&Aの落とし穴を指摘した経済メディアの記事より
国が運営する「M&A支援機関登録制度」には、2026年3月時点で約3,400者が登録しています。
そのうち、仲介やアドバイザー業務を専門に行う業者は約1,200者です。
ただし登録は任意で、登録されているからといって支援の質が保証されるわけではありません。
実際、この登録制度に設けられた情報提供の窓口には、こんな事例が寄せられています。
仲介が提示した企業概要書から譲渡価額が試算され、これに基づき支援機関が中間金を受領したが、その後企業価値を算出したところ、当初の試算額を下回ったにもかかわらず、中間金が返還されない事例。
— 中小企業庁「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」(2026年3月)より
ほかにも、個人名義で会社名を出さず、社長の自宅に「重要書類」と書いた郵便物を何度も送りつけた事例も報告されています。
こうしたトラブルを受けて、中小企業庁は支援の担当者個人に知識と倫理を求める資格試験を、2026年度以降に実施する予定です。
とはいえ、制度が整うのを待っていても、あなたの会社の資金繰りは待ってくれません。
業者の見極めは大切ですが、それ以前に、売る側の社長自身が知っておくべきことがあるんです。
資金繰りに困った社長ほど甘い話に飛びつく
会社を売りたいという相談は、ほとんどの場合、資金繰りがすでに苦しくなってから持ち込まれます。
金融機関からは厳しい話をされ、支払いに追われ、精神的にも弱っています。
そんなときに限って、こんな言葉が飛び込んでくるものです。
「あなたの会社を買いたいという人がいます」
「今なら、きっとご満足いただける条件が出せますよ」
「従業員の雇用はすべて守ります」
心が弱っているときほど、真っ先に飛びついてしまう気持ちは痛いほどわかります。
が、ちょっと待ってください。
買い手や仲介業者も商売です。
案件が欲しいのですから、最初の入口では甘い言葉で近づいてくるのが当たり前なんです。
たちばなはじめが相談の場でよく伝えているのは、「事業を買いたがる人は、事業を売りたがる人でもある」ということです。
雇用を守る条件で格安に会社を手に入れ、自分の資源を注ぎ込み、儲かれば高く売り、儲からなければ畳む。
「雇用は守る」という約束が守られるのは、せいぜい1〜2年というケースも珍しくありません。
買う側の立場に立てば、これは当然の経済合理性です。
そんな相手の言葉に飛びついた瞬間、視野が狭くなり、ほかの選択肢がまったく見えなくなってしまいます。
これがいちばん怖いんです。
値が付かない本当の理由は負債にある
「M&Aがうまくいかない」
「買い手の条件がどんどん厳しくなる」
「無償で譲渡するしかないと言われた」
私たちのもとには、売却の話が途中で止まってしまったという相談が少なくありません。
当初は好条件だったのに、話が進むにつれて条件が下がり、最後は破談、ということもよくあります。
その原因をたどると、ほとんどの場合、行き着く先は負債です。
会社ごと買ってもらうということは、会社が抱えている借入金も、買い手が一緒に引き受けるということです。
事業に魅力があっても、負債が大きければ買い手は引いてしまいます。
だから値が付かない。
条件もどんどん厳しくなります。
会社の値段は、事業の価値から負債を差し引いたもの。
負債が事業の価値に迫れば、30万円や100万円といった金額になっても不思議はありません。
ここで気をつけていただきたいのは、その安い金額で会社を渡しても、社長の個人保証まできれいに消えるとは限らないという点です。
保証を外すには金融機関の同意が必要で、買い手が保証を引き継ぐかどうかは、会社を売る話とは別なんです。
会社を手放したあとに、保証だけが手元に残ってしまうケースもあります。
これでは何のために売ったのかわかりません。
会社ではなく事業を売るという発想
では、負債を抱えたままの会社はどうすればいいのか。
ここでたちばなはじめがよく口にするのが、「会社を売るんじゃなくて、事業を売ればいい」という一言です。
会社ごと買ってもらうと、買い手に負債が付いて回ります。
ですが、「会社ではなく事業を買ってほしい。負債はこちらでどうにかする」と伝えれば、買う側のハードルは一気に下がります。
負債をどうするかを、売り手が先に示す。
実際に、この一言をきっかけに停滞していた売却交渉が動き出したケースが、いくつもあります。
大きな病気をきっかけに事業の売却を考えたものの、2億円の負債が買い手のネックになっていた60代の社長もいました。
負債は売却先に引き継がせず、社長自身が先に決着をつける方針を固めたことで、事業は納得のいく金額で売却でき、老後の資金も確保できています。
負債の決着は、金融機関との交渉方法を見直すことで道が開けるケースが多いんです。
ただ、これは売却の話が進んでから慌てて始めるものではありません。
売却の話を持ちかけられる前、少なくとも仲介契約にハンコを押す前に、負債をどうするかの方針を決めておく。
この順番を間違えると、負債に振り回されて条件を削られ続けることになります。
仲介任せにせず社長自身が数字を握る
業者の質に差がある以上、最後に頼れるのは、あなたの目です。
中小企業庁の資料には、小さな案件ほど手数料の割合が高くなるという分析も出ています。
案件の規模が500万円超〜1,000万円以下では、手数料率の中央値は30.0%。
1,000万円超〜5,000万円以下でも18.8%です。
1,000万円で売れたとしても、300万円が手数料で消える計算になります。
さらに、冒頭の記事では、依頼した側が担当者に相手方の資料について質問しても「わかりません」と返され、ほとんど関与がないまま成約後に数百万円の成功報酬を支払った実例も紹介されていました。
仲介に丸投げして、言われるがままに進めてしまうと、こういうことが起きます。
契約の前に、最低でも次の3つは社長自身で確かめておく必要があります。
- 負債と個人保証を、売却とは切り離してどう片づけるのか方針が決まっているか
- 買い手が示す条件の根拠と、仲介の手数料が何を基準に計算されるのか
- 話を持ちかけてきた相手が、あなたの会社の数字を本当に読んでいるか
ひとつでも答えられないなら、その契約を急いではいけません。
売るかどうかも、いくらで売るかも、決めるのは仲介ではなく社長です。
だからこそ、判断の材料になる知識と、比べられる選択肢を手元に持っておく必要があります。
会社を売る前に負債の方針を決めておく
資金繰りが苦しいときに舞い込むM&Aの話は、救いに見えます。
ですが、負債の片づけを後回しにしたまま飛びつけば、値を叩かれ、保証だけが残り、雇用の約束も長くは続かない、、、
そんな結末を、私たちは何度も見てきました。
会社を売ることは、選択肢の一つにすぎません。
負債に決着をつけて事業だけを譲る道もあれば、資金繰りを組み直して続ける道もあります。
大切なのは、売却の話が来てから考えるのではなく、負債をどうするかを先に決めておくこと。
その順番さえ守れば、売却の交渉も対等に進められます。
資金繰りだけではなく、会社の売却や事業承継のご相談も受け付けています。
もし少しでも心当たりがあれば、お気軽にご相談くださいね。
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