事業承継の場面では、株式や経営権、事業計画への注目が集まりがちです。
しかし実際の現場では、別のところでつまずく経営者が少なくありません。
それが、自宅や事業用不動産といった「経営者個人にひもづいた資産」の扱いです。
家屋や土地に根抵当権が設定されたまま、名義もそのままの状態で承継を進めようとしたとき、思いがけない問題が表面化することがあります。
私たちのもとには「事業承継のはずが、不動産で立ち往生した」というご相談が長年にわたって寄せられてきた経緯です。
この記事では、事業承継の準備段階で必ず見直しておきたい不動産・自宅・個人資産の設計について、実務目線でまとめていきます。
事業承継で見落とされがちな「不動産と個人資産」のつながり
中小企業の経営者にとって、自宅や事業用不動産は単なる住居ではなく、経営の一部に組み込まれていることが多いです。
銀行借入の担保として根抵当権が設定されていたり、自宅と事業所が一体になっていたり、土地の名義が経営者個人になっていたりするケースは珍しくありません。
そのため、株式の承継や経営権の移行だけを進めても、肝心の不動産部分がそのままだと、後継者は知らないうちに「個人保証つきの不動産」を背負うことになりかねません。
代表者保証、根抵当、土地と建物の所有関係。
これらが片付かないまま事業を引き継ぐと、後継者の側に思わぬ重荷が乗り、承継後の経営判断がいきなり制約されます。
事業承継の本来の目的は、健全な事業を次世代に渡すことです。
ところが、不動産まわりの片付けが遅れると、その目的が果たせないばかりか、家族関係そのものが揺らぐ事例も出てきます。
業界によって異なる「不動産依存の構造」
事業と不動産のつながり方は、業種によって大きく変わります。
業界特有の構造を踏まえずに一般論で進めると、肝心なところを見落としてしまいかねません。
医療法人・歯科クリニックの場合
診療所が自宅と一体化していたり、医療機器の購入のために自宅を担保に入れたりしているケースが少なくありません。
業界として「使命感」と「地域への責任」が強く、患者と建物に強い愛着を持っている経営者ほど、承継準備が後回しになりがちです。
結果として、後継者である子息に診療所と借入と自宅をまとめて引き継ぐ形になり、どこから手を付けるべきかわからないという声を多くいただきます。
製造業・町工場の場合
工場用地と機械設備、そして社長の自宅が同じ敷地にあるケースが多く、土地の評価額と借入残高がほぼ一体化しているのが特徴です。
取引先との長年の関係性も含めて、経営者個人の信用が事業を支えている構造のため、不動産を片付けようとすると「事業の屋台骨に手を入れる」感覚になります。
その心理的なハードルが、承継準備の遅れにつながりやすい業界です。
小売業・飲食業の場合
店舗併設の自宅、商店街の中の土地家屋など、地域コミュニティと不動産が結びついている形態が多く見られます。
「先代から預かった土地を手放すわけにはいかない」という心情的な縛りが強く、客観的な経営判断が難しくなる場面が出てきます。
こうした業界に共通するのは、「不動産の片付けは、家族や地域への裏切りに見える」という当事者特有の感情です。
業界ごとに事情は異なりますが、共通しているのは、経営者個人の人生と不動産が深く結びついているという構造です。
だからこそ、承継準備では業界の文脈に合った形での見直しが欠かせません。
平常時に見直しておきたい3つの資産設計ポイント
業績が好調なうちにこそ、不動産・自宅・個人資産の組み直しに手を付ける意味があります。
業績が悪化してから踏み出すと、選べる手段は一気に狭まってしまうためです。
1. 根抵当権の設定状況を確認する
事業用借入の担保として、自宅や事業用不動産に根抵当権が設定されているかどうかを、把握しきれていない経営者は多いです。
極度額がいくらに設定されているか、設定後に借入の状況が変わっていないかを定期的に確認しておくと、いざというときの選択肢が見えやすくなります。
2. 自宅と事業所の名義を見直す
自宅と事業所が同一敷地内にある場合、名義の組み直しだけでも資産保全の幅は変わってきます。
配偶者名義の自宅、別法人での所有といった選択肢は、非常時になってから踏み出そうとするとさまざまな制約がかかります。
平常時のうちに、税務面・会計面の整合性を取りながら少しずつ準備していく方法を検討しておくのがよいでしょう。
3. 事業用資産と個人用資産を切り分ける
事業の借入と個人の生活資金、事業用車両と家族用車両、法人口座と個人口座。
こうした「混ざりがちな資産」をきちんと分ける作業は、承継のときにこそ効いてきます。
後継者にとっても、何が事業で何が個人なのかが明確になっていれば、引き継ぎ後の判断がスムーズになります。
これらは一気に進める性質のものではなく、業績好調なうちに少しずつ組み立てていく作業です。
日々の経営判断の延長線上に「将来の選択肢を増やす組み立て方」を組み込んでいく感覚が近いといえます。
業績好調なうちに踏み出す意味──リスケに入る前の判断
業績が悪化し、月々の返済が苦しくなってからリスケジュール(返済条件変更)に入ると、不動産まわりの組み直しは格段に難しくなります。
リスケに入った段階で、経営者保証ガイドラインに基づく代表者保証の解除要件のうち「財務基盤」要件を満たさないとみなされ、個人保証を外す道が事実上閉ざされるためです。
もうひとつ、見落とされがちな問題があります。
リスケジュールを実行し、一定期間をやり過ごしたあとに通常弁済に戻して、利益を出して存続している事業体は、現場の経験則としてほとんど存在しません。
月々の負担を軽くした結果、経営の構造的な課題に手をつける時間とエネルギーが奪われ、リスケ期間が終わるころには次の延長を申し入れざるを得ない状態になっている。
そんな循環を、たちばなはじめは何度も現場で見てきました。
本来取れるはずだった選択肢が、リスケのなかで少しずつ削られていく構造です。
厳しい話に聞こえるかもしれませんが、これが現実です。
もし信じられないと感じる方がいらっしゃれば、ぜひお付き合いのある銀行員や税理士の方に、こう聞いてみてください。
「リスケから通常弁済に戻して、利益を出して存続している事業体は、どのくらいありますか?」と。
おそらく多くの方が、「ない」もしくは「ほとんどない」と答えるはずです。
とはいえ、すでにリスケに入っている方も、諦める必要はありません。
リスケ後でも取り得る選択肢は確かに残されています。
サービサー対応を見据えた組み立て直し、自宅や個人資産を守る保全設計、再生スキームのゼロからの組み立て…。
リスケ前と比べて選べる手は少なくなるとはいえ、まだ踏み出せる余地は十分にあります。
ひとりで決めずに、まずは一度ご相談ください。
個人保証が残ったまま事業承継を進めると、後継者にも保証が引き継がれるか、あるいは経営者個人の自宅・財産が保証履行のリスクにさらされます。
リスケジュールを検討する前に、まず一度立ち止まって全体像を見直してほしいというのが、たちばなはじめが最も強く伝えてきた実務的な要点です。
リスケは月々の負担を軽くする延命策に見えますが、実は「自宅と個人資産を守る選択肢」をひとつずつ削っていく面もあるのです。
不動産を残したいなら、まず資金を残すという考え方
たちばなはじめ自身、かつて事業の失敗から、返済が立ち行かなくなった時期があります。
そのときに痛感したのは、不動産そのものを守ろうとして無理に返済を続けると、肝心の資金が枯渇し、結局どちらも手元に残らないという構造でした。
そこから生まれたのが、「家土地残すな、カネ残せ」という考え方です。
資金が残っていれば、不動産を維持する選択肢も、買い戻す選択肢も、別の住まいを用意する選択肢も持てます。
逆に資金が枯渇してしまえば、不動産も維持できず、家族の生活も揺らぎます。
事業承継の準備においても、不動産を「手放してはいけないもの」と固定して考えるのではなく、何のために不動産を残すのか、その目的に資金がどれだけ必要か、というところから逆算する視点が大切になります。
そのうえで、各分野のプロに相談しながら組み立てるのが現実的なアプローチです。
承継で大事にしたい「家族と次世代への渡し方」
事業承継の本質は、健全な事業と健全な家族関係を、次の世代に渡すことです。
株式の名義変更や代表交代の手続きそのものは、入口に過ぎません。
経営者個人にひもづいた自宅、不動産、個人保証、家族の生活基盤。
これらが片付いていないままだと、後継者が前向きに経営に取り組むはずだった時間が、過去の負債処理に費やされることになりかねません。
業績好調なうちに資産設計を見直し、業界特性を踏まえながら少しずつ組み立てておけば、承継のタイミングで慌てずに進めることができます。
「先代がきちんと片付けてくれた状態を引き継げた」という実感は、後継者の経営判断にも家族関係にも長く効いてくるものです。
もし負債や個人保証、不動産の扱いで気になる点があるなら、まずは現状を棚卸しするところから始めてみてください。
承継準備は、平常時のうちに踏み出すほど、選べる手の幅は広く保たれます。
承継準備の判断軸をまとめるための1冊として、たちばなはじめが書き下ろした無料の電子書籍『会社と社長にお金を残す資金繰り改善の教科書』をご活用いただけます。
資産保全・個人保証・名義設計まで、現場で繰り返し問われてきた論点をまとめた内容です。
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承継のタイミングまで時間に余裕があるうちに、組み直しの起点となる時間を持ってみてください。
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